瞑想中毒。

ダラムサラで2ヶ月も先の瞑想コースを予約していたにもかかわらず、それを打ちけってラダックはラマユル近くのヴィパッサナコースへ突然!行く事にした。(理由は次のブログを参考。)トレッキングから帰ってきた次の日がスタート日。。

ヘルと急いで荷造りをし、タクシーに乗り込む。
シェアのお相手はインド人夫婦。彼らは二度目のビパッサナで私と同様昨日、今日に突然決めたらしい。すごーくおしゃべりで、ふたりとも重ね重ねトーキング。そりゃぁ、あなたたちビパッサナでサイレンスしなきゃぁ、って具合に激しい。何言っているかよく分からないけど、見ているだけで楽しい。
・・・・
このふたりはビパッサナ後、確かに静かになってた。しゃべり方も落ち着いているし、二人が重ねあって喋ることはなかった。あっぱれ、ビパッサナ。

私、一度目でここでビパッサナを経験したら、他はどこでもできる気がした。すごく田舎で、施設も良いとは言い難い。トイレは人数の割には2つしかないし、水は山から流れてくる水で、シャワーはお湯をもらって使う。でもご飯は質素だけど味付けがうまくておいしい。サーバー(いろいろ世話してくれる人)も親切でいい。

瞑想、瞑想、瞑想。
朝は4時に起床。4時半に朝の2時間の瞑想。朝食、瞑想、ランチ、瞑想、お菓子タイム、瞑想、9時には消灯。とにかく瞑想しているか、ご飯食べているか、ちょっと外でボーっとしているか、寝ているかのどれかなのだ。瞑想の時間を計算してみると12時間!半日は瞑想しているのだ。
最初(特に一日目)は本当につらかった。1時間の瞑想がとてつもなく長く感じるし、足や腰が痛い。2,3日目になるとなんとなく生活に慣れてきて調子いいけど、4,5日目になると再び身体の悲痛の声を聞く。9日目はとても背中が痛かった。眠る時も痛い。だけど10日になると嘘のように痛みは消えた。

ビパッサナの話はいろんな人から聞いていた。精神状態によっては発狂したり、パニックになったりする人もいる。過去の痛みを思い出して泣く人もいる。
私は前半パニックにこそはならなかったけど、やっぱり泣いた。過去の痛み、そして恋人との別れ、幼い頃から学生時代、一人暮らし時代、いろんな過去を思い出し、出会ったいろんな人の顔や言動をフラッシュバックのように思い出した。
涙は悲しみだけじゃない。忘れていた感謝や喜びを思い出した。みんなそれぞれに意味があり、流れがあったことを思い出す。いつも日常のことにとらわれて見えなかった、忘れていた事を静寂の中から探し出すのだ。
そして、最初に言っておくけど私は世間や社会のことにどちらかというと無関心な方だけど、不思議なことにこの時だけは戦争と平和についてしみじみ考え、涙した。宗教とは?といろいろ考えているうちに宗教は戦争に繋がっている(全部が全部じゃないけど)ことをしみじみ実感したのだ。宗教とは愛から生まれるものなのになぜ戦争に繋がるのか?そんなことを考えると悲しみいっぱいになった。

私はこの瞑想で余計なものを期待していたようだ。
すごく大きな導きや声、大きな内なる変化。そういうものを願ってた。だけど、そんなものは大きく急激にやってくることはなかった。人はゆっくり変わってく、導かれていく。突然起きる人も中にはいるけど、私は違うのだ。ビパッサナ瞑想10日間は練習であり、続けることに意味があった。
でももちろん得たものがある。静寂という意味、内なる動き、身体と精神の繋がり、五感の刺激。深めれば深めるほど楽しくなっていくに違いない。

b0083405_21544533.jpgサイレンス終了。。
自分の声が変なところから聞こえる気がするし、しゃべっていてもどもる。
それに比べ、白人たちはいきなり陽気に喋り始めてる。さすが、文化の違いだね。
日本人は女性のMさんひとり。(男性でカナダ人とのハーフの人もいた。)
彼女といろんな話をした。すごく共通点が多く気が合う。しかもダラムサラのレイキ教室が同じだったし、私は先生から彼女の話を聞いていた。トルコの日食パーティーにもいた。偶然は必然なのか。

すごい貴重な体験。。。。
自分の中で無駄話やだらけは多かったけど、すごく学ぶ事がある。
苦痛。確かにそうだけど、この快感を得てしまったら癖になる。タイでもまた行こうかなって思ってる。Mさんも2度目だけど、すぐに3、4度目に挑戦すると言っている。本当に、
瞑想中毒??

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by mayupura | 2007-08-12 19:04 | インド

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