カテゴリ:インド( 33 )

ラジオ主演!

ZIP-FMさんからメールがきた
ラジオ主演のびっくり話!

10/3の朝8時から10~15分の間、私の生電話放送が流れます!
内容は旅について、詳しくはダラムサラについてかなー。
「ZIP FM 77.8 MORNINGJACK」

こういったお話は初めての経験なんでちょっとびびっちゃいますが、
ちゃんとちゃんと旅をお伝えしたいと思います。
ええっと。インド時間では早朝4時半・・・
・・・がんばりまーす。

ZIP FMのモーニングジャック
https://zip-fm.co.jp/program/morning_jack/

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by mayupura | 2007-10-02 21:18 | インド

私は移動しない旅人。

すっかり気に入ったダラムサラ。
お好み焼きやシチュー、カレー、オムライス、小豆のお菓子など料理に励み、
マッサージを習い、友達と話し、のんびりのんびり・・・。

そして再びダライラマさんのティーチングが始まる。
私はまるでダライラマさんに合わせて移動しているかのよう。
レーでは参加しなかったものの、私がいる場所ではいつもティーチングがある。
今回も10月の初めから始まる予定。
前回の参加は最後の日のイニシエーションのみ。だけどとっても良かった。

あと2週間ほど過ごしたあと、リシュケシュに行く予定。
それからそれから、、、うーん、いろいろ未定。。。。
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by mayupura | 2007-09-29 22:40 | インド

第四の故郷で・・・。

第二の故郷がバリ島で第三がタイのチェンマイなら、第四がたぶんダラムサラになるんだろ。
前回は1ヶ月ほど滞在、今回は長くても10日と思っていたけどまた延長!たぶんまた1ヶ月近く滞在することになる。

ダラムサラは本当、落ち着く。ほかの場所に比べたら友達、知人も多いし、なんと言っても心が落ち着く、のんびりできて生活感がある。ご飯も安いしおいしい。特に常宿にしてるレインボーハウスからの景色は最高。狭苦しい(笑)ベッドだけの部屋も前回と同じ。狭いけど、テラスがあって、なんとなく部屋との相性がいいのかこの部屋に愛着が持ってる。

アーユルヴェーダのデトクッスという浄化マッサージを受けた。衝撃的だった。
私はオイルマッサージはあんまり好きじゃなくて、タイやインドで何回か受けたものの納得いくものは今までなかった。でもここのマッサージ、いや、人は「すご!!!」と思った。
デトックスは3日間2時間のコースで連日行われる。中には最中に泣き出す人もいるらしい。ストレスやらから解放されるんだろう。私は泣くことはなかったけど、その最中より後にやってきた。ピース、安らぎ、心地よさ、美しさ、浄化、、、。特に私は失恋後なので効いた、効いた。単なるオイルマッサージじゃなく、セラピー(ヒーリング)もミックスされていて、マッサージとマルマ(インド式ツボ)を押して施術していく。ほんと、きもちいい。
このマッサージ屋では日本人の友達が働いている。この友達もまたすごく面白い人で、お金がなくて困っていて飛び込みでこの店にやってきた。昔、日本でオイルマッサージを習った経験はあるものの、アーユルヴェーダの経験も知識もゼロなのに、そこで働けることになった。普通はお金がかかるコース(習うこと)もタダ、給料も出る。すっごいラッキー。
そんな友達の影響もあり、私はそこで習うことにした!さっき決めた!
2週間コースでデトックス。
すごく楽しみ。すごくいい学びになりそう。
そして、もしうまくいけばゴアあたりで私も軽く働こうと思う。働くのが一番いい勉強になるからだ。

ダラムサラはおもしろい。長期滞在者がごっろごろ居る。特に今はオフシーズンでそもそものツーリストの数が少ないので、濃い人が多い。年齢層も高い。
朝起きると下ではフランス人女性がタイチをしてる。彼女はタイマッサージマスターでもある。私の隣の部屋にはイギリス人男性。彼は仏教を勉強していて、毎日毎日静かにのんびり過ごしてる。彼といろんな話をした。話も合うし、一緒にいるととても心穏やかになっていい。HISで働けそうな日本語を話せるチベット人。私の友達にいいよる変な韓国人おっさん。鬱病や気だるげなチベット人集団。親切でおいしいカレーを作ってくれるビールを飲むムスリムのカシミール人。
いろんな人が居る。
いろんな話がある。
すっごくおもしろい。
失恋もなんのその。ここで私は癒され、パワーをもらって再び旅を続けるんだろう・・・。
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by mayupura | 2007-09-10 17:19 | インド

さすがに近況。

こんにちは。
ダラムサラに戻ってきました。
ああ、懐かしい。
旅に出たばっかの自分を思い出す。(って言っても1,5ヶ月ぶりだけど)
友達もいる。いいとこだーー。

これからヨガ修行にリシュケシュへ向かう予定。
それから南下、かな。
10日間ぐらいダラムサラで休養してから、ですが。

最近、私の日記の変化が分かりますでしょーか。
なんだかとてもプライバシーもない、そして精神的なことに触れてる。
旅ブログであることには違いないんだけど、私は私の正直な気持ち、日記を書こうと考えてます。何年も日記を公開しているけど、表面的なことばかり書いていたなぁとも思う。
読者が減るかもしれない、でも平気です。
私は今感じてる本当のことを書きたいだけ。
旅に出て友達も増え、以前からの友達もいる。
伝えたい事がいっぱいあって、伝えたい人がいっぱいいる。
だからこれを読んでいる人は全員友達だと思って、ありのまま書きます。
よろしくどーぞ。
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by mayupura | 2007-09-04 21:15 | インド

ザンスカール・トレッキング!!



ホースマンは21歳、美形。だからといってgood!とは言えない。そうだよね、ちょっと心配。だけど、彼はすごく働き者。常に何か仕事をしている。料理、馬の世話、そして私の世話。。料理が抜群にうまい。親戚の中でも友人の中でもそれは有名らしい。特に彼の作るモモ(餃子みたいなの)がめちゃくちゃうまい!!たぶん今まで食べたモモの中でナンバー1だろう。唯一の問題と言ったら彼の酒癖だろ。。。よくありがちだけど、得た給料は全て嗜好品に消えていく。彼はそんなにたくさんは飲まないものの、酒好き。後半は毎晩飲んでた。最初は一緒に飲むことを誘われたけど、断ってからはしつこく誘われることもなかった。もっともちゃんと「仕事」していたからいいけど。
でもすごく親切で、言えばわかってくれるので将来、いいガイドになるだろうと私は考える。若い上に私のものを自分のもののように使っているとき、私のヘッドライトの一部をなくされたときはさすがに私も怒ったけど、それを受け入れた、、、ように思える。
さすがにテントで毎夜隣あわせっていうのはしんどかった。隣合わせというのは寒いからなんだけど、本当は私ひとりで寝たかった。いや、でも、それ以上に底冷えが一番つらかったかもなー。※寝袋とダウンジャケット、数枚の布やブランケットで充分だけど、早朝だけがとてもつらい。

景色はさいこう!
ラダックではストックカングリへトレッキングをしたけど、それとはまた違う良さ。
このルートの大部分は道路ができていないので、とても静かだし空気もきれい。
ホースマンとはほとんど離れて歩いていたので、自然ひとり占め!
トレッキングは瞑想だ。夜も満月の元、瞑想。
瞑想しているか、歩いているか、食べているか、寝ているか、どれか。とても贅沢。
言葉ではうまく表現できないので、写真を見てね。

・・・話はザンスカールに遡る。
涙を流しながらレーを去り、カルギル(レーより西、カシミールとの中間地点)に辿り着いた。
パキスタン人みたいな人ばっかだし、田舎だから目線がとても痛い。宿は質の割りに値段が高いし、居心地がいいとは決して言えない町。早く出たいがバスがない、ジープの値段を聞いていれば地元民が20人ぐらい集まってきてこれまた苦笑い。
2日目。小さい方のバスターミナルへ行くと偶然の再会!感激!
日本人のカップルでトルコでしばらく一緒に過ごした仲間だった。一緒にエクリプスのパーティーに行った、同じテント集団で一緒にご飯を共にした。さらに彼らの友達とはインドで会ってる。そしてさらにその前は日本のパーティーで仲間だった。すっごい偶然、こんな片田舎(まともにツーリストがいない)で。バスはない、失恋で心がボコボコって時の再会だけに本気で嬉しかった。笑

カルギルからちょっと下の町までバスに乗る。本当はレーからパドゥムまでダイレクトバスがあるのだけど、知らなかった私はその人気ある?バスに乗ることができなかった。
そこからはバスがないので、バスの運転手が交渉してくれたトラックに乗ることにした。全員男だけど4人いるし、昼間だし大丈夫だろうと考えた。
正解!昼ごはんは食べさせてくれるし(笑)、高い車体から見る景色はさいこう!(もしかしたらトレッキング中より好きかも)写真も撮りまくり!この一帯は湿原地帯なので水気が景色をきれいに映し出す。すてき。。。


が、パドゥムまでなかなか着かない。長い。
しかも、ムスリムであるお兄ちゃんに「キス」と言われた。これは良くない。
夕方頃にランドゥムという小さな村に着いた。約束はパドゥムまでだし、そこまでのお金も払っているけど、身の安全を守るためにそこで降ろしてもらうことにした。宿もあるし、食堂も数軒ある。
標高約4000m。高地には慣れているけど、息切れする。寒い。ブランケット貸してもらえない。しかも、真夜中宿のオーナーが部屋にやってきた。
「何の用??」
「・・・」
「何??」
「ドアを開けろ」
そんな怖い、開けられるわけないだろ!私は無視し、一切ドアを開けなかった。
私の部屋の建物は私以外に誰もおらず、何かあってもおかしくない。
15分ほど頑張っていた彼もあきらめて出て行った。
翌朝、怒り爆発!彼は英語をほとんど話さないので、ごまかす。それがますます憎たらしくって涙を流しながら(※失恋あとですからね、勘弁してください。)怒りまくった。彼の子供の目の前で。一緒にポリスへ行くんだ、と言っても嫌がる。すると、部屋代を50Rs安くされた。そこで終わったが、私はもちろんお金で解決できる問題じゃないと思ったので、ポリスに行ったときに全て話した。他の人にもよくないから、是非あなたから話しといてね、と冷静にオハナシした。

その翌朝、グッドタイミングでパドゥム行きバスがやってきた。席も二人席を独り占めだし、途中の氷河で私の要望により、数分休憩をとってくれた。
氷河はとてもとてもきれいだった。真冬はどんなふうになるんだろ・・・

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by mayupura | 2007-08-25 22:23 | インド

山でのシンパシーと失恋。(恋話!)

ストックカングリで一緒だったヘル。私は彼に恋した。そして破れた。
これは旅のブログであるけど、自分自身にもこれを読んでいる皆さんにも正直でありたい。(この事は旅に大きく影響してる)だから、恥ずかしい話だけど暴露しちゃいます。

私が日本にいた三ヶ月、彼も日本にいた。彼のお兄さんが日本人女性と結婚したから。
同じ時期に似たような場所で桜を見てた。
インドに着いたのはたった数時間の差だった。
そして、同じようにダラムサラへ向かった。
私がレーで病気や観光やダラダラしている間に彼はザンスカール20日間のトレッキングをしてた。
そしてトラベルエージェンシーで初めて会った。彼が言うには、「普段は会社を通してトレッキングをすることはない。なぜか導かれるようにここにやってきた。」最初に言っておくと彼は直感がとても鋭い人だ。

私は最初、一白人としか見てなかった。ただ陽気でおもしろく、まじめな人だなぁとは思ってた。彼は私より4つ下で26歳。若いけど、旅前は会社の社長でもあり、頭もよく、歳の割りにはとっても大人びて見えた。
トレッキング中はひとつのテントに日本人のY君と3人で肩を並べて寝た。自分で言うのもなんだけど、彼は私に好意を持ってくれていて気づくといつも近くに居た。私は白人はこんなもんだろうと思っていたし、20日間のトレッキングで女ッ気ゼロのところから急に隣に女の子がいる!って喜びなんだろう、という程度に考えてた。

b0083405_22223527.jpg頂上を目指す。私はつらい、彼もつらかっただろうけど、なぜかいつも天使のような笑顔。彼はスキーカントリー?をやる人だし、山のオトコだから知識もあるし体力もある。もちろんそうだけど彼はベースキャンプで軽い高山病になってた。たぶん精神的に強いんだろう。その笑顔に尊敬した。
4日目。前の日記に感動したと書いたが、その涙のあと、彼とのシンパシー(みたいなもの)を感じあった。
「本当にきれい」
「美しいー」
感じあったタイミングが一緒だった。お互い笑顔の写真を撮りあった。
私が持っていたMP3で一緒に音楽を楽しんで更に感動を深めた。
本当に妙なんだけど、彼とのこの共感、共振、バイブレーションが完全に一部合体した。
たぶんこの時に私は恋しちゃった。
それからも私は妙で、この気持ちを打ち消そうと地面を強く蹴ったりしてた。
身体は軽く、楽しく、景色は最高にきれいだった。

テントの中でいろんな話をした。
OSHO、瞑想、ヨガから精神世界、夢について。いろいろ。
もちろん違いはあるけど同じようなこと考えてたり、学べる部分を発見したりした。
4つ下だけど4つ上のような気もする不思議なヘルだった。
彼は鼻が妙にいい。私の後ろを歩いていると私の匂いが気になってしょうがないという。私自身「自分の匂い」を知っているけど、彼はそれに好印象を持ってくれていたようで、嬉しい。

レーに戻ると、3人で少しのお酒でディナーを共にした。
また再び深い話をしたり、ふざけあったり、すごくすごく楽しい食事。
その後、カフェに入り、Y君がいない隙に告白(なのかなぁ)をしてくれた。もっと一緒にいたいと。それから私の宿まで送ってくれてまたいろんな話をした。私も自分の好意を伝えた。まだよく分からないけど、私ももっと一緒にいたいと。
ダラムサラでビパッサナの予約をしていたけど、明日彼はラダックのビパッサナへ行くので私は彼に合わせることにした。私がダラムサラで受けるとなると彼とはもう会えない。そして私には時間がある。彼は1ヶ月もしないうちに帰国が決まってる。合わせることには抵抗があったけど、彼とそういう関係になった以上はもう何も考えられなかった。

翌朝、3人で朝食を食べたあとビパッサナの準備をし始めた。トレッキング翌日の本当忙しいスケジュールだ。その合間にふたりで散歩した。すごく幸せ。突然やってきた恋にふたりともビックリなのか、手を繋いで歩いているだけでも過呼吸。ヨーロピアンだけに情熱的だから私も照れてしまう。

そしてビパッサナ。ビパッサナはもちろん喋ってはいけない。人に触れてもいけない。その上、男女別々になる。ご飯も別、壁がある。瞑想するホールでは通路を境に男女分かれるが、暗いので姿はよく見えない。恋に瞑想。両立できるかなぁと不安がよぎる。
ビパッサナ行きを口説かれた時(笑)、彼は言ってた。「瞑想は生活の上にある。だから大丈夫。今ひとりで瞑想に行ったら、逆に君が気になってしょうがない。ふたりで行った方が瞑想が深められる気がする」と。

今考えるととても嬉しく、悲しい恋愛話。
壁があり、距離があっても見つめあった。(本当は禁止)
ホールまでの道(男女別々)を同じペースで歩いた。
夜の講義(先生の話をテープで聴く)の時、顔はよく見えないもののお互いを意識し、見つめあった。
そんなちゃらちゃらとやっている中でもお互い瞑想に入っていってた。そう思う。
ホールでの瞑想の時はさほど彼のことを考えていたわけでもないし、時には彼との距離さえ感じていたりもした。

ビパッサナが終わるとなんか急に変わった。お互いに。
たぶん瞑想によって浮わついたような恋心が下火になったんだろう。
だけど一緒の車に乗り、夜のビパッサナメンバーでの食事会でも隣で、そして宿も一緒。

彼と3日間だけ同じ宿に泊まった。だけど、そのうち2日間は一人の方がマシなぐらい悲しい日々だった。
彼はトレッキングの時に言ってた。haveなのかhadなのか聞き取れなかったけど、彼には2年半会っていない彼女がいる。それは理解してた。でも2年半なんて長すぎるし、彼も彼女とうまくいっていないような話をしていたし、すっかりそんなことを忘れてた。
2日目の夜に言われた。「俺は浮気をしてしまった」と。
自分に嘘つきたくないし、例え彼女に他の彼氏がいようとも(彼女は長期的にロシアの山にいる、ずっとメールさえしていない。)俺は俺でいると。かと言って「忘れられないの?」と聞くと、彼は答えられない。

私は「ふられた!」という思いからどうしようもなく気持ちを正直に話すことができなかった。もう彼には温かいまなざしなど向けることができなかったし、どちらかというと離れていく方向にいた。でも少しはそこにとどまった。もっと彼といようと、話をしようと試みた。
最後の夜は彼にレイキをした。彼はとても気に入ってくれて、それが影響してか、二人の間の溝がいくらか和らいだ。翌日は一日中一緒に町を散策し、仲のいい友達のようになれた。
そして、それから彼は他の瞑想センターへ行ってしまった。
私は彼と過ごした直後にマナリーに帰ってしまおうと思ったけど、とどまり、数日過ごしたあとまた彼と一瞬再会した。でも私は忙しく、どうしたらいいか分からず、最後のあいさつも??なまま彼との最後を終わらせた。

どうしても気分をリフレッシュしたかった。だから前に予定していたザンスカールトレッキングを思い立った。山に癒されよう、浄化しようと思った。
私の選択は間違えていなかった。山を歩く事で少なからず彼を忘れられた。リフレッシュできた。でもそんな簡単には気持ちは消えない。そうですよね?彼の急激な変化に不満を感じ、不信を感じ、そして自分は自分の気持ちを完全に伝え切れなかった不完全燃焼に不満を感じる。でも彼はできることはしてくれた。そう思う。なるべく私といるようにしてくれたし、やさしくしてもくれた。でもそこには恋愛の意識は無かったけど。。。

何人かの友達のあたたかい助言をいただいた。
平和ににっこりいるしかない。
次の人に出会うための別れ。
新しい導きのための別れ。
ありがとう。
今思うのは、失恋はこれから私の人への優しさに変わる。よく歌われているよね、傷ついた分、やさしくなれる、って。
無理矢理忘れることはしない。彼を否定しない。受け入れる。そう誓った。
そしてその反面、しがみつかず、明るくいると心がける。
恋人としてはうまくいかなかったけど、友人として、大切な人(異性とか関係なく)として彼の幸せを祈ろうと。彼はとてもナイーブで、まだ女性に対する接し方がよく分かっていない。あたたかく見守ろうと思う。

これに対するご意見、感想、励ましの声をお待ちしてます!
ちなみにコレ、今年二度目の失恋でござります・・・。
やっぱり今回はひとり旅なんですねぇ!意味アルんですよねぇぇ。
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by mayupura | 2007-08-15 19:39 | インド

瞑想中毒。

ダラムサラで2ヶ月も先の瞑想コースを予約していたにもかかわらず、それを打ちけってラダックはラマユル近くのヴィパッサナコースへ突然!行く事にした。(理由は次のブログを参考。)トレッキングから帰ってきた次の日がスタート日。。

ヘルと急いで荷造りをし、タクシーに乗り込む。
シェアのお相手はインド人夫婦。彼らは二度目のビパッサナで私と同様昨日、今日に突然決めたらしい。すごーくおしゃべりで、ふたりとも重ね重ねトーキング。そりゃぁ、あなたたちビパッサナでサイレンスしなきゃぁ、って具合に激しい。何言っているかよく分からないけど、見ているだけで楽しい。
・・・・
このふたりはビパッサナ後、確かに静かになってた。しゃべり方も落ち着いているし、二人が重ねあって喋ることはなかった。あっぱれ、ビパッサナ。

私、一度目でここでビパッサナを経験したら、他はどこでもできる気がした。すごく田舎で、施設も良いとは言い難い。トイレは人数の割には2つしかないし、水は山から流れてくる水で、シャワーはお湯をもらって使う。でもご飯は質素だけど味付けがうまくておいしい。サーバー(いろいろ世話してくれる人)も親切でいい。

瞑想、瞑想、瞑想。
朝は4時に起床。4時半に朝の2時間の瞑想。朝食、瞑想、ランチ、瞑想、お菓子タイム、瞑想、9時には消灯。とにかく瞑想しているか、ご飯食べているか、ちょっと外でボーっとしているか、寝ているかのどれかなのだ。瞑想の時間を計算してみると12時間!半日は瞑想しているのだ。
最初(特に一日目)は本当につらかった。1時間の瞑想がとてつもなく長く感じるし、足や腰が痛い。2,3日目になるとなんとなく生活に慣れてきて調子いいけど、4,5日目になると再び身体の悲痛の声を聞く。9日目はとても背中が痛かった。眠る時も痛い。だけど10日になると嘘のように痛みは消えた。

ビパッサナの話はいろんな人から聞いていた。精神状態によっては発狂したり、パニックになったりする人もいる。過去の痛みを思い出して泣く人もいる。
私は前半パニックにこそはならなかったけど、やっぱり泣いた。過去の痛み、そして恋人との別れ、幼い頃から学生時代、一人暮らし時代、いろんな過去を思い出し、出会ったいろんな人の顔や言動をフラッシュバックのように思い出した。
涙は悲しみだけじゃない。忘れていた感謝や喜びを思い出した。みんなそれぞれに意味があり、流れがあったことを思い出す。いつも日常のことにとらわれて見えなかった、忘れていた事を静寂の中から探し出すのだ。
そして、最初に言っておくけど私は世間や社会のことにどちらかというと無関心な方だけど、不思議なことにこの時だけは戦争と平和についてしみじみ考え、涙した。宗教とは?といろいろ考えているうちに宗教は戦争に繋がっている(全部が全部じゃないけど)ことをしみじみ実感したのだ。宗教とは愛から生まれるものなのになぜ戦争に繋がるのか?そんなことを考えると悲しみいっぱいになった。

私はこの瞑想で余計なものを期待していたようだ。
すごく大きな導きや声、大きな内なる変化。そういうものを願ってた。だけど、そんなものは大きく急激にやってくることはなかった。人はゆっくり変わってく、導かれていく。突然起きる人も中にはいるけど、私は違うのだ。ビパッサナ瞑想10日間は練習であり、続けることに意味があった。
でももちろん得たものがある。静寂という意味、内なる動き、身体と精神の繋がり、五感の刺激。深めれば深めるほど楽しくなっていくに違いない。

b0083405_21544533.jpgサイレンス終了。。
自分の声が変なところから聞こえる気がするし、しゃべっていてもどもる。
それに比べ、白人たちはいきなり陽気に喋り始めてる。さすが、文化の違いだね。
日本人は女性のMさんひとり。(男性でカナダ人とのハーフの人もいた。)
彼女といろんな話をした。すごく共通点が多く気が合う。しかもダラムサラのレイキ教室が同じだったし、私は先生から彼女の話を聞いていた。トルコの日食パーティーにもいた。偶然は必然なのか。

すごい貴重な体験。。。。
自分の中で無駄話やだらけは多かったけど、すごく学ぶ事がある。
苦痛。確かにそうだけど、この快感を得てしまったら癖になる。タイでもまた行こうかなって思ってる。Mさんも2度目だけど、すぐに3、4度目に挑戦すると言っている。本当に、
瞑想中毒??

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by mayupura | 2007-08-12 19:04 | インド

ストック・カングリ トレッキング!6150m


ダラムサラでちょっと話をしたY君と偶然郵便局で会った。話すと、彼もちょうどストックカングリのツアーを探しているとのこと。でもまだ着いたばかりだし、膝も痛めてる。しかも、出発は明日。だけど私のちょっと強引のお勧めとお店のwelcomeを受けて彼は無理矢理に?翌日一緒に行く事になった。もうひとりのラトヴィア人のヘルと3人の客となった。

一日目も二日目も「え?もう着いたの?」って思う程度の道程だった。5、6時間程度だろうか。
荷物はもちろん動物の上だし、私は小さなリュックひとつなので全然楽勝だ。標高は4000m程度。マナリーからレーまでの移動では5000m以上の峠を越えてきているので高山病はもちろんパス。きれいで雄大な自然を楽しんだ。

b0083405_22205486.jpg2日目キャンプ場に到着してから、近くの山を三人で登った。でもここはベースキャンプなのでそれなりに標高が高く、息切れがする。結構はーはー言いながら、あーもうやめようと思ったりしながら頑張った結果はオーライ。きれいな景色が見れて素晴らしかった。
なぜ余計な登りをするかというと、ヘル(ラトヴィア人)いわく、「高山で眠れないのを防ぐため」とのこと。確かに夜はぐっすり眠ったが、私の体力的にはオーバーだったと後になっては思う。

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am2時頃起床。もちろんダルイ。
暗闇の中を黙々と列になって歩いてく。
グッドタイミングなのか、(はっきりいつかは分からない)満月なのできれいだし、明るい。月がのぼると3人揃って写真を撮ったり、ゆっくり眺めていたりして楽しんだ。
そうそう、私はトレッキングシューズを持っていない。だから持参のスニーカーでここまで歩いてきた。途中から氷や雪があらわれ、私は雪山用のハードブーツに履き替える。すごく歩きにくい。だんだんと空が明るみはじめると同時に本格的に雪山に変わる。雪に反射する朝日に見惚れ、惚れ惚れしたあと、もっともっと上へと目指す。
途中までは良かった。だけど上までの距離が段々と長く感じられるようになる。疲れた、つらい。楽しみが苦痛に変わった。他の二人は先を行っているし、ガイドは高山病。。。
疲れた私にサブガイドが愛の手を。手をつなぎ、ほとんど頂上まで誘導されながら登った。エネルギーが足りてない、お腹が空いてる。でも食べたら吐きそう。高山病ではないけど、精神的にも体力的にもダメダメだった。

b0083405_2211235.jpg頂上!
キリマンジャロの時のような心から感動するようなことはなかった。さびしいことに。
ただただ私は疲れていた。
でもでも頂上はそれはそれは美しかった。
雲がすぐ近くにゆっくりと浮き、ストックやレーの町並みが見える。静寂と神秘の世界。
何度も言うようだけど、私は疲れすぎて感動にはいたれなかった。非常に非常に残念!!

4日目。下り。
私は下りは苦手な方で必ず人より遅れる。が、が、ポイントをおさえた。
頂上までの距離が疲れた逆行?もあるせいもあるのか、下りはエネルギーが高まって高まって走れるぐらいだった。下りが苦手な理由は恐怖にあったのだ。ごろごろ石や足の状態に不安を持っているから遅いのだ。身体にテンポと楽しみを付け加えれば身体は弾むように下ってく。と同時に景色がもっともっときれいに映えてくる。
はぁ。気持ちいい。
頂上では涙が出なかったけど、今回はくだりで涙が出た。
頂上とかのぼりとか下りとかじゃないんだなーって思った。
どこでもいつでも自分がいいと思った時が美しいんだ。ってそう思った。

違う展開でつづく・・・。

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by mayupura | 2007-07-31 18:20 | インド

ふたつの出会いとひとつの洗礼と。@LEH

ツェモ・ゴンパから下ってきたときのこと。日本語を話すラマ(ラッダキのお坊さん)に出会った。
彼は日本に5年ほど住んだのち、アメリカに移り住んでる。今回は10日ほどこちらに帰ってきているところらしい。
b0083405_21473942.jpg彼からいろいろな話を聞いた。ラダックとチベットの関係、ラダッキとインド人との関係。
ラダックには思うほどチベタンが移り住んでいるわけじゃない。ラダックの物価は南インドに比べると2倍も高くなるらしい。そしてまた、中国のスパイとしてラダックに来るチベタンもいるらしい、いろいろな事情があるな・・・・。
また、ラダックは地理上はチベットに近く、昔は交流があったが今では簡単に行き来することはできない。だけど、中国とインドの関係が昔に比べると良くなってきているので、いつか道ができるだろうとのこと。旅行者にとってはうれしい話だ。
どちらにしろ、ラダックは平和そうに私の目に映る。もちろんインド人との関係は難しいものがあるんだろうけど、「自分の土地」があることは重要だと思う。
冬のラダックは出稼ぎインド人、ネパール人がいなくなるので、とてもいい、と話してた。
とても穏やかで、親切にいろいろなことを教えてくれたネーネーさんだった。

彼はレー市内から10km弱離れたゴンパ村という所に生まれ育った。
出会いの翌日、約束もなしにゴンパ村まで歩いていった私。いつものことながら唐突、、、!
あいにく彼はレーの方に出かけていて、彼のお兄さんが迎えてくれた。
お兄さんはあまり英語が上手じゃないけど、いろいろケアをしてくれる。
お父さんとお母さんもいて、これまたかわいく、温か~い!
たくさんのお茶をご馳走になり、ラダック家族訪問というウルルンみたいな経験になった。
おまけに最後はお兄さんが車でレーまで送ってくれた。
ありがとう!!

話はツェモ・ゴンパの時に戻り、、、
b0083405_21453196.jpgネーネーさんと話したあと、今度は違う出会いがあった。二人のロシア人だった。
きっかけは「一緒に写真を撮らせてくれ」だった。意味不明なロシア語で陽気にごっついカメラで私を撮りまくる一人とクールな感じの通訳者の一人。
彼らとその夜、一緒に食事をすることになった。
英語を話さない彼はなんととってもすごい人だった。世界で初めてバルーンで北極点に辿り着いたプロフェッショナルな旅人だった。それ以外にもアラスカやロシア中を駆け巡って約20年。(HPはhttp://www.yafremov.ru)
ロシアではかの有名な植村さんにも会ったことがあると言う。第三の目を開き、陽気に光を放ちながら世界を放浪する。プロなだけにスポンサーもついていて職業が本気の「旅人」なのだ。すごい!!もう一人の彼はデリーのロシア大使館で働く人で通訳として一緒に旅してる。たぶん彼にとっては仕事のひとつなんだろう。誠実でつっこみどころは深く、いい会話ができたと思う。もうひとつ私の英語レベルが高ければなぁとは毎度のことながら思うけど。。
通訳の彼はデリーに帰り、カシミールに行くはずだった本人もトラブルあってまだレーにいる。レーにはカシミールまで一緒に行く政府の係(?)が迎えにくるはずだった。カシミールにはいけないらしく、次はマナリーに行くらしい。残念!

そんな楽しい出会いのあと、風邪を引いた。
喉と頭痛。一日寝込む。そして翌日、今度は頭が痛い、寝込む。そして翌々日、だるい身体を覚まそうとヨガをやっていると「ポキ!」と音がした。またやってしまった!実はこれが2度目。一度目はダラムサラを去る日にこれまたヨガ中にやった。首の骨がずれたようで、寝違えたように首肩が痛い。幸いにも指圧をはじめとするいろんな技を持つ友達にずれていた骨を直し、針をやってもらった。2日後ぐらいには回復した。
そして、今回。前日の頭痛もひいてきて調子よくなったと思った矢先に起こったことで実に悔しい!!そしてもちろん治してくれるような友達は近くにいない。前回は首の痛みだけだったけど、今回は痛くなった方の右側の頭が痛い。偏頭痛に似てる。動いていると頭に響いて何もできない。だけど、針をやってくれる店を探しに町に出た。ひとつ、有名な店があって待ってみたけど、その日は5人のお客がいるらしく断られてしまった。でも緊急!!とことん凹んでしまい、「明日死んでしまったらどうするんだー」とまで考えた(笑) 
そこでひとつの光。単にもう一軒の針をやってくれる店が見つかった。状況を話して、首と流すほうの手に2本打ってもらう。実は針は今回のこの事件で初めて経験した。マッサージも効くのかもしれないけど、緊急を要する時は針がいいと思った。即効性がいい。
ヨガ事件は昨日のことで、今日は少し首(肩)が痛むけど、頭痛はほとんど治ってスッキリ!
久しぶりに外出し、2つのゴンパを見てきた。
はぁ 健康って素晴らしい。。。
事故や病気には理由があると思う。まだ明確には掴めないけど、確かなことがある。針の先生にも言われたが、
ヨガはちゃんと先生の下で習った方がいい。
私はストレッチは10年ぐらいやっているけど、ヨガの経験はまだ半年ぐらい。最初はワークショップで、その後は友達に教わり、あとは自分自身でやっていた。そこでストップ!がかかったんだろう。ヨガはそんなに甘いものじゃない。怖いものと捉えてしまったらいけないけど、最初の頃は身体に異変が起きるし、身体は自分で思っている以上にナイーブなんだ。と気づいた。
風邪も頭痛も含めて洗礼となった。ベッドの上でいろんな気づきもあった。
身体と心を休めるときが来るべき来たんだろう、ね。

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by mayupura | 2007-07-23 22:13 | インド

親愛なるダライ・ラマ殿へ

あの笑顔。
横に揺れながら話を聞く姿。
ジョークをはさんだり、「はははは!」と笑う姿。
去る時、みんなに愛を送りながら挨拶をする姿。
ダライラマさんは本当に愛に溢れていた・・・。

ダラムサラにてティーチングが行われた。
ダライラマさんの話す言葉はチベット語。
他にトランスレーションとして台湾語、英語、韓国語があるのだけど
あいにく日本語はない。
チベット人で日本語をぺらぺらに操る人に通訳してもらったけど
そもそも難しいチベット密教についての話を日本語に訳すのは至難の技らしい。
途中で断念、、、
でもいいの。
何を話しているかさっぱり分からないけど、こんなに近くでお会いできるだけで幸せ!
常にピースフルなダライラマさんを見ているだけでナットク。
まるでファンクラブに入ったみたい!
車に乗り込む姿を熱心に見てキャーキャー。

1ヶ月近くもいたダラムサラもいよいよ出発し、今朝マナリーに到着!
ダラムサラの景色は最高だったけど、ここも相当スバラシイ!
ヒマラヤがもっと身近に見え、空も高くなった。(標高が200mほど上)
そして、、、温泉!!!
到着後早速行ってみた。
遺跡っぽい昔から使われている石造りの温泉。
湯加減も日本人の感覚で言えばちょうどぴったり!気持ちいい!!
現地人の話によると朝5時ぐらいがいいらしい。
お湯もきれいだし、人が少ない。
がんばって早起きして朝一番風呂に入ろうっと!!にひ。
そして、ヒマーチャール(確かこんな名前)の人の個性!
インド人であるけど、肌も白いし、顔つきも薄め。
昔から同じような生活を送っていて、ゆったり仕事と生活を同時に楽しんでる。
ファッションも特殊で、ちょっとフリフリな感じ。かわいい。絵になる。
そして洗濯が楽しいのって。
宿は「洗濯禁止」って書いてあってど~しよ、っと思ってたけど
温泉があるところで気軽に洗濯できる。
野外で洗濯していると「おばあさんが川で洗濯を~」というイメージに自分がいる。笑
お父さんが食器を洗いに来たり、牛が水のみにやってきたり。のどか~!
ああああ、やっぱりインドはすばらしい。
場所場所によって違うポイントがあって、それぞれに違う楽しみ方がある。
またもやインドの土地に恋してしまったようだ。

・・・老後は1年のうち1ヶ月はここで過ごすのも悪くないなぁ。
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by mayupura | 2007-07-12 21:36 | インド