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ケニア入国!

エチオピアはアディスアベバで友達が来るのを待ち、合流したら少数民族を見にジンカ経由で南下。ここのバスは朝4時起き!とかめちゃくちゃつらい。着いたら今度はバス席取り戦争!あらかじめ、[競馬場みたいだよー]聞いていたけど本当!つらすぎるー。相棒のあらたちゃんがいろいろがんばってくれてかなり助かったけど。

ジンカからコンソへ。ここでおかしなイスラエル人に出会った。バスやトラックで移動。国境からナイロビまでは大変な移動になると噂で聞いていたけど、この彼のおかげあって金持ちオランダ人の車でただでナイロビまで!2日。ラッキー。でもこのイスラエル人変わっているし、人をふりまわすし大変!!!
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by mayupura | 2006-10-28 20:22 | アフリカ

三十路

10/27、誕生日を迎えました。
30代突入。ついに三十路入りだーーー。

ただの誕生日じゃない、30歳という切りのいい歳。
これはただの日では終わらせられない!鼻息も荒く立てた予定は、

キリマンジャロかケニア山の頂上で過ごす。

だった。
が、エチオピアで友達を待つ予定があったため、誕生日当日はナイロビ行きの移動の車中だった。
・・・・間に合わなかった。
これが間に合わなければ、悪評高いモヤレーナイロビのトラック(柵につかまったまま立ち、何度も振り落とされそうになりながら踏ん張る移動)で過ごそう!と逆境の精神で臨もうとも考えていたけど、幸か不幸かふかふかクッションの極楽トラックの上だった。たぶん、つらい移動をしてきた人に言わせれば「贅沢!!」と憤慨のご意見をされるところだろうけど、ワタシは「フツー」が嫌だったのだ。

29日はアラさんの誕生日。(アラさんは旅の相棒)
ということせ28日は二人分のお祝いをした。
日本食である。トロサーモンである。うまーーーい!!
一緒に移動してきたイスラエル人のタミルはなぜか日本食屋に着いてくる。散々「日本食はまずい!」と言っているのにだ。高いタクシー代を払い、はるばる来たのに彼は飲み物さえ頼まない。じゃ、なぜ??となるけど、単に親切心からか私たちの誕生日を祝いたかったらしい。宿に戻ってからもトラディショナルな楽器を持ち出して、
「ハッピーバーァーースデーー」
と歌ってくれた。ちょっとクレイジーなタミルだった。
ありがとうね。

・・・キリマンジャロ。
登ります。12月頃に。思い出に。誕生日祝いに(?)
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by mayupura | 2006-10-27 20:53 | アフリカ

エチオピア(Ethiopia)


国名:Ethiopia(エチオピア)
訪れた場所:(※特に楽しかった場所は太文字、()内は滞在日数) アディスアベバ(18.5)、アルバミンチ(1)、ジンカ(3)、コンソ(0.5)、ヤベロ(3)
期間:2006/10/09~10/26
レート:1円=約7.8BURR(エチオピアビル)
お金の持ち方:首都にさえATMはない。ただし両替はできる(闇両替がお得)TCかドルキャッシュを持参しよう。基本的にはUSドルを利用。国境では両替ができるが、レートがとても悪いので国内で両替するか全部使い切るのをお薦めする。
感想:アフリカ第一号の国だけあって、後になって考えてみてもNO.1!楽しかった国。自然は偉大で素朴、バオバブの木を始めとする木が「アフリカっぽ~い!」印象が強い。外人も珍しいようだし、英語はほとんど通じないが充分満喫できた。


満足度(評価)は幸運の7段階♪
結論!   ★★★★★★☆
人     ★★★☆☆☆☆
おもしろさ ★★★★☆☆☆
清潔さ   ★★☆☆☆☆☆
快適度   ★★☆☆☆☆☆
料理    ★★★★☆☆☆
物価    ★★★★★☆☆
見所    ★★★★☆☆☆

data

■移動
◎サナア(イエメン)空港19:00→アディスアベバ空港20:30 飛行機2170エジプトポン※エジプトからエチオピア行きの飛行機でイエメンはストップオーバー最大1ヶ月滞在可能。・・・空いていて快適だった。空港から宿まではタクシーで50burr。
◎アディスアベバ6:30→アルバミンチ17:00 バス89burr※ジンカへの通しチケット・・・きつい!最悪!アディスアベバのBTは噂とおり「競馬場」だった。バスの周りに人が群がり、席取り合戦。戦争に負けた私は運転席の隣のエンジン上のクッションに座り、かなり腰を痛めた。アタラさんは3人掛けに座っていたけどこれまたつらかったらしい。黒人はでかい・・・。
◎アルバミンチ5:00→ジンカ15:30・・・同じように競馬状態につらい席。ひとり掛けの助手席に座れたアラタさんは「エチオピアでは助手席の人は眠ってはいけない。眠ると運転手も寝てしまう」という呆れたジンクスにより決して目をつぶることを許されなかった。私は3人掛けだったがまあまあ快適に過ごせた。ほとんど爆酔。
途中の休憩所には少数民族が見れる。もちろん写真を撮ればお金を請求される。
◎ジンカ6:00→コンソ13:00 バス40burr・・・同じように早朝出発。だが今回は過激な席取り合戦は行われず、ふつうに席をget。だが席は一番後ろで揺れる、揺れる。でも久々にアラタさんと隣だったのでまあ許そう。
◎コンソ16:30→ヤベロ19:00頃? トラック荷台25burr・・・アフリカでは最初で最後のトラック荷台移動。景色は最高に素晴らしく、まるでサファリ気分。小動物も見れた。荷台はキツキツではなく、むしろ柔らかい素材のクッションを運んでいたのでそれに座れて快適だった。それまで乗っていたバスより数段にマシ。
◎ヤベロ12:30→モヤレ15:30 小型バス 25burr・・・大混み状態戻る。席には座れないので、通路にバックパックを置いてそこに座る。すぐ横に黒人が迫る。でもまだまだマシな移動だった。バックパックは埃、泥、チャットのクズで汚れたのは痛かったけど。

■宿
◎アディスアベバ Taitu Hotel シングル55.25burr・・・室内にシャワーのみ付いてる。日当たりが悪く、窓を閉めれば夜と同様の明るさだけど、まぁアフリカにしては清潔な方。レセプションもしっかりしていて、セキュリティも万全。
◎アディスアベバ Baro Hotel シングル80、ツイン90burr・・・室内にシャワートイレ付き。外国人のほとんどが泊まっている宿で、清潔で安全。スタッフもフレンドリー。情報ノートあり。レストラン併設。目の前に日本語の打てるネット屋もあり。
◎アルバミンチ Kajire Hotel ダブル40burr・・・バスの運転手が泊まる宿なのでバス停に行かなくても、戦争に参加しなくてもバスに乗れるという勧誘の元宿泊。結局嘘で相当むかついた。部屋はシャワートイレ付きだがあまりきれいじゃない。レストラン併設。
◎ジンカ ジンジャホテル ダブル30burr・・・暗く汚ない。でも一応日本人の常宿となっているようだ。トイレが最悪で汚く臭い、外にある。
◎ヤベロ Green Hotel ダブル30burr・・・さすが田舎、このレベルにしてこの安さ。エチオピアで一番きれいな部屋だった。シャワーのみ付いている。レストラン併設。
◎モヤレ 名前失念 ダブル20burr・・・ここも清潔、きれい。トイレは外にあって汚い。

■その他
・マキアート(ミルク入りコーヒー)がうまい!エチオピアコーヒーがうまい!だいたいどこのカフェ、バーもコーヒーマシーンを持っていて本格的なおいしいものが安く飲める。ビールも同様、安く飲める。ドラフトはぬるいがさらに安い。
・移動は早朝起き、席取り合戦がきつい。バスは大型じゃなく中型なので狭いし汚い。だが乗らなければどこにも行けない。
・チャットが楽しい!ハラル産が一番利くらしい。
・クリスマスは世界的12/25とずれている、カウントダウンもずれている。そして2007年は2000年のミレニアムとなる。イベントに参加したいなら来年がお勧め!
・エチオピアにATMは存在しない。あっても壊れてる。となるとドルからの両替のみ。銀行でもできるが、闇両替がレートが良い。詳細は情報ノートに記載あり。
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by mayupura | 2006-10-26 21:06 | アフリカ

金持ちCARでナイロビへGO!

エチオピアからケニアへ抜けるルートは最悪なことで有名だ。もちろんスーダン越えに勝る過酷移動ではないだろうが、人から聞く話によると大変なことが多いっぽい。
・4日かけてトラックの荷台に揺られてきた人。
・荷台どころか柵につかまって振り落とされそうになりながら、涙と汗まみれになって辿り着いた人。
散々だ。が、要領いいタメルと知り合った私らは運良くも苦労は無だった。

タメルがジンカで知り合った金持ち白人親子がいる。彼らはケニアのナイロビに住んでいて、休暇でここまでやってきた。その帰りで席が余っているのでついでに乗せてくれるということなのだ。もちろんタダだ。信用した人しか乗せない方針らしく、金持ちケニア人か外国人かってわけだ。自家用車のサファリに使うようなトラックで30人ぐらいは乗れそうなのに、乗っていたのは10人にも満たない。クッションはふかふかで悪路にも対応しているし、なによりも清潔。

最初で最後の関門が出発してからすぐのスタッグだった。雨が降り続いていたせいで、もともと舗装などされていない赤土の道がぐちゃぐちゃになってタイヤがはまってしまったのだ。車が数台立ち往生となっていた。私らは車を降り、手伝うわけでもなくただただ楽しむべく見守っていた。
1時間もしないで車はその関門を通り過ぎた。全く怒る隙もないぐらいにスムーズだ。そこから先は楽々、なんの問題もなくスルーした。ほんと、ラッキーだ。これは本当にタメルに感謝しなければならない。
1泊途中の町に泊まり、2日目のまだ太陽が高いうちにナイロビに到着した。やった~


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by mayupura | 2006-10-26 15:42 | アフリカ

エチオピアの写真。

 
エチオピア人たち。


移動中。


移動中

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by mayupura | 2006-10-26 13:00 | アフリカ

ひとりバックパッカ-のイスラエル人。

コンソからヤベロ行きのバスを探しているときだった。ひとりのイスラエル人と出合った。タミルだ。風貌はいかにも東南アジア好きの放浪者。ぼさぼさの髪に遠くを見つめるような目、現地人を軽くたたきのめすような旅慣れた態度。彼とはこの先1週間ほど共に行動することになる。

コンソはある意味観光地だ。だからバスがあってもないと嘘をつかれるし、どうしても車をチャーターさせようとする。チャーター代もとてもぼった値段だ。途方に暮れてた私らは通り過ぎた唯一の外国人、タメルをつかまえて相談したのだ。聞くと、彼もケニアを目指している途中で、ここで足止めされて2日目らしい。前日は地元民に情報を聞き聞き今に至るらしい。そして、友達が政府がらみの仕事をしていて、車でヤベロまで乗せていってくれるというので3人で待つことにしたのだ。だが、その人は一向に現れない。怪しい、このイスラエル人が・・・

口のうまいイスラエル人に便乗してトラックの荷台に乗ることに成功した。
夕方になればヤベロまで行くトラックが何台か走る。トラックがあるだけでも嬉しかったので、値段はどうでもいいやって気分だったのだけど、このタメルが譲らない。運転手が私に聞く。
「君はこの値段でOKだって言ったじゃないか?」
困る。日本人である私はみんなが合意しないとトラックに乗ることはできないのだ。ひとり置いていくことができない。
結局タメルがある程度のところでおりた。前日から値段調査をしていたぐらいだから、いきなりは決められないのだろう。節約の節約パッカーだ。いかにもイスラエル人だ、ケチ。

口のうまいイスラエル人は言う。
「現地人は日本人が来るとすぐに値段をごまかす。君らがいると俺まで高くなるから、交渉する時はどこかで待っててくれ。」
この時から私らは宿探し・値段交渉の時はそっと遠くに隠れ、交渉終了後に宿にやって来た。それでもタメルはきちんと私らの要望を聞き、応じてくれる。部屋も3人シェアではなく、ちゃんと2部屋取ってくれる。寒ければ上着を貸してくれるし、かなり気遣い屋だ。どんなに日本を馬鹿にしてもそんな風に気を遣ってくれるし、面倒な値段交渉もしてくれる。旅慣れていて要領がいいし、すぐ人と仲良くなれる。でも口は本当に悪い。そんな両極端な面を持つ彼にいつの間にか流され、流され、日本語で文句を言いながらもしばらく一緒に移動を続けた。

そんなタメルとの間でトランプが流行った。大富豪である。最初はイスラエル式の大富豪に似たゲームを教えてもらってやった。(大富豪の数字が他の数字に変わっただけ)それをやるとタメルが勝ってしまう。ということでそれからは日本式の大富豪になった。最初は連勝し続けた私らも途中からは負け続ける。微々たるもんだがお金を賭け始めてからは本当にそうだ。私もアラさんも彼に結構なタバコをプレゼントすることとなったのだ。
アフリカの夜は長い。夜は基本的には危険なので外出しないからだ。アラさんと二人きりになってからも二人大富豪の夜は続いた・・・。
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by mayupura | 2006-10-23 15:41 | アフリカ

貧しい子供のために教科書を買ってあげるのは間違っているのか?!

大人よりも子供の方が英語を知ってる。
「you、you、you~~!!」
「Give me money~~~」
これ程度のものだが、外国人が来るとわらわらと集まってきて、この2センテンスをしつこく繰り返す。かわいい子もいるのだけど、かわいげのない子ももちろんいる。

正直ここジンカは貧しい。エチオピアは物価が安いので、私はコーラやらお菓子やらを普通に買う。アディスアベバではなんとも思わなかったのだけど、ここでは買い物袋を手にして歩いていると、
「それ、ちょうだい!」
と言ってくる子供が多い。それからはあまりおおっぴらに買い物できなくなった。
子供の多くは破けた服を着ている。家がない放浪者や”気が狂った”ような大人もいる。バスに乗るお金がないので、遠いところから歩いてマーケットにやって来る少数民族も多い。
アフリカは貧しいイメージが昔からあるが、それを本当に実感してしまう。貧しい国は今までいくつか見てきたが、やっぱり心のどこかが切なくなる。アフリカの人は笑顔でパワーにあふれ、生活を楽しめるところがあるので「真の暗さ」を感じないが、土地の乏しさ、資源のなさ、先進国からの遅れ、未だ続く人種差別(差別ではないが、白人観光客との関係性を見ると否定できない部分がある。)を見ると、見て見ぬふりし、そしてそれで自己嫌悪に陥る自分がいる。

宿によく遊びにくる10歳ぐらいの男の子がいる。ジェンタだ。
笑顔がいい子で、従順な子だ。ずっと私たちの近くにいる。レストランでのんびりご飯食べていても外でおとなしく待っているし、お菓子をあげても遠慮して受け取らないような子だ。かわいいと思った。
でもいろいろ人間不信になっていた私はひとつ賭けてみた。バナナを買ってきてとお金を渡したのだ。子供ながらにお金をもらったら、そこで私らから逃げてもう戻ってこなければ自分のものになる。結果、ごくわずかな金額ではあったけどジェンタはちゃんとバナナを買ってきてくれた。地元プライスはよく分からないけど、バナナの本数はあげた金額に妥当な量だった。ジェンタは信じられる・・・。

1日ぐらい一緒に過ごしたあとである。宿のスタッフのガイドが言葉を通訳してくれた。
「ジェンタは将来ガイドになりたいから英語を勉強したいんだって。でも彼の親は他の場所に住んでいて(そこには学校がないので、ジンカまで来ている)今はお兄さんに育ててもらってる。とてもかわいそうな子だ。で、英語を勉強したいけど、教科書(英語の辞書)が買えないんだ。教科書は古本で買えるし、とても安い。彼のために買ってあげれないだろうか?」
ジェンタと一緒に本屋に行ってみた。確かに値段は微々たるもんだし、値段も言っていた通りだった。だが、である。真か否かである。
アラさんと話し合った。私ら二人も現地人を信用して裏切られたことが何度もある。簡単には信じられないのだ。結局は100%信じたからではなく、値段もそう高くないからという理由で買ってあげることにした。

買ってあげたあと、ジェンタは半日ほど姿を現さなかった。やっぱりか・・・・。
しばらくしてから姿を現したジェンタは妙に陽気だった。私の腕に絡みつき、甘えてくる。今まででは考えられない・・・。たぶん、外国人にかわいがってもらえた、教科書を買ってもらえたという自信から態度が変わったんだろう。他の同じ歳ぐらいの子供に比べてもジェンタは大人しいし控えめ。それは彼のバックの悲しみがそうさせていたんだろうか。私の心境としては複雑だ。従順でかわいかったジェンタが簡単にお金をねだる人になってしまったらどうしよう・・・。もうすでにそうなってしまったか?買ってあげたことは失敗だったのか?

教科書はその後どう使われているのだろう?行き先は分からない。とにかく買ってあげてすぐに教科書で勉強するジェンタの姿は見てみたかった。でもそれは残念ながら見ることはなかった。誰でも買って自分で持っているだけで満足、という気持ちはあると思うけど。見てみたいってのは勝手な私のいやらしさだ。

通りで子供に買ったお菓子を頂戴と言われて無視する瞬間。
お金がないので頂戴と言われて、NOと言う瞬間。
もちろん簡単にはあげれない。微々たるものだ、エチオピアの物価なんて。でもあげたことによってその当人が変わってしまう可能性も高い。=物・お金は外国人がくれるものだ。 と発想になってしまうのが危険なのだ。仕事をしないで人から頼ることだけで生きていこうとする人が多いのだ。
大人ならともかく、子供は扱いが難しい。かわいそうだから、という理由だけで物をあげてはいけない。でも、本当に必要としている子供もたくさんいる。その基準はどこで判断したらいいのか私には分からない・・・。
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by mayupura | 2006-10-22 15:40 | アフリカ

少数民族とガイドと。

10/19
日が暮れる前にアルバミンチに到着。アディスアベバを出るとずっと田舎風景が続いたが、ここは他の村に比べたら数段都会だ。暗いがネオンも付き、人が多数出歩いている。女の人もどこか垢抜けた感じだ。
宿は連れ込み宿風。アラさんは爆睡して気が付かなかったようだけど、私は隣の部屋が「やっている」音が気になってしまった・・・。
この宿に決めた理由はひとつだ。宿のスタッフが、
「ここに泊まれば面倒なバス待ちがない。なぜならバスの運転手はここに泊まる。あなた方もここの宿から運転手と一緒に出発してバスの席のキープをできるよ」
と言ってきたからだ。怪しいなぁ?と思いつつも、一応信じてみたのだ。あくる朝、やはりそれは嘘だったことが発覚。朝出てしまう私らがスタッフに文句を言う暇がないのを分かっての嘘だろう。むかつく。アラちゃんは、
「二度とエチオピアンを信じない!」
と憤慨してた。
アラちゃんは気が短い。昨日の夜も1杯しか頼んでないビールが2杯来て揉めていた時も、私以上にスタッフに攻撃するアラちゃんに、
「アラちゃん、、、もういいよ。2杯でいいよ。」
と言ったもんだ。

10/20
すっごいトイレが汚い!そこはジンカの宿。
一応、日本人の常宿のようだが小汚い。部屋は暗く、虫の巣窟になっていそう。シートもしばらく替えていないだろう。部屋はサバイバルシートを敷いたり、防虫スプレーを撒いたり、汚い毛布は下に置いて使わないようにしたり”いつもの工夫”をするのでいいのだが、問題はトイレだ。
トイレは中国などで汚いものには慣れてきたつもりだ。中国より汚い、とは言わないけど、同レベルぐらいに汚い、臭い。中国同様、単に穴を掘って、便器らしきものを木で適当に組み合わせて作ったものだ。もちろん夜は電気がないので真っ暗だし、外の外れの方にあるので不気味だ。宿の女の子スタッフと同様、深夜する時は手前の庭でしておいた。はぁ、全く。
余談だが、エチオピアのトイレ事情もまた特殊。安宿、特に共同トイレは外にあることが多い。だからなのか、各部屋には小さなバケツがだいたい置かれている。そう、中でしていいんですよ~ってことなのだ。変な話だ。あとエチオピアは部屋にトイレはないのに、シャワーだけが部屋に付いていることが多い。ちなみに私はそこのシャワーでよくしてしまう(笑)。それにしてもエチオピアは変な国だ。

10/21
待ちに待ったジンカ・マーケットである。ムルシ族(下唇に大きな輪をはめこんでいる人たち)などの少数民族が見れるのだ。エチオピアは多民族国家だ。特に南部はいろんな系統の民族がそれぞれに生活をしている。内戦もあり出てきたくても出てこれない地域・民族もあるようだが、ジンカのような観光地には出稼ぎのような形で様々な民族がマーケットの曜日に合わせてやって来る。
アフリカは色とりどりだが、多種な民族が現れると一層華やかになる。野菜、衣類、雑貨を普通に売る人もいれば、写真を撮ってもらってお金を稼ごうとする民族など様々だ。
私らもせっかく来たのだから、とお金(といっても小額)を払って、ムルシ、皮をお洒落に着こなしたハマル族をカメラに収めた。
ジンカは「自称ガイド」が相当いる。町に着いてからもすぐにいろーんな輩がわらわらと付いてきた。だいたいにおいては無視してどうにかなったのだけど、宿にいるスタッフはそういうわけにはいかない。お金はいらないから、と私らに付いて来たのは、一応宿のスタッフである15歳ぐらいの男の子だ。大人顔負けに英語がうまいし、容量も良さそうな子だ。最初はうざいし、適当にあしらっていたのだけどそれをひるがえすようなことが起きた。



あるムルシ族の男がタダでいいから写真を撮れと言ってきた。ムルシの女性は口に輪をつけていて特徴的だけど、男性は特別な特徴がないので写真を撮ってもらう機会が少ないようなのだ。タダでいいと言うし、せっかくなので写真を一枚アラさん。すると、
「金払え!」
とさっきの笑顔は嘘かのような形相を見せた。はぁ、タダって言ったじゃないか?!そもそもこのムルシ族は背がめちゃ高い。しかも慣れぬ土地の黒人である。そんな人が怒ってきたらさすがの私らもびびる。一応反抗するものの、腰が引きがちになってしまう。すると、そのガイドの男の子が私らに代わって反抗してくれた。この子は英語が話せるだけでなく、このムルシ族の言葉も話せる。ムルシ族の奴はエチオピアの共通語さえほとんど話さないのだ。彼は将来ガイドの仕事に就くべく、いろんな少数民族の言葉を勉強しているらしいのだ。
そして、言葉が一切通じない私らに代わって彼と話してくれたのだ。でも彼は怒る一方で解決できなそうなので、ガイドの子は仕方なくお金を払ってやった。自払いである。
ごめん、、、
私らはガイドの子に彼があげただけのお金を返した。が、受け取ろうとしない。何分かねばるとようやく受け取ってくれたが。
どこまで現地人を信じたらいいか未だに分からない。いい子に見えたこのガイドの子も「信用させるための技」を起こしたのかもしれない。でももちろん彼を信じたいし、いい子だと思う。アジアを旅しているときはだいたいにおいて信じれた。あまり裏表がないからだ。でもアフリカの人は裏表が本当に存在する。とても容量がいいし、真実か否かが判断できない。これは人種差別の過去の暗い歴史が彼らをそうさせるのだろうか。とても寂しいことだ。

 
左:ムルシ族 右:ハマル族

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by mayupura | 2006-10-21 15:40 | アフリカ

最悪の席取り合戦、最悪のシート、最悪のマナー。

アラさんがやって来た。シリアで初めて会い、エジプトではダハブで部屋をシェアし、カイロまで一緒に移動した。女の子の友達はなかなかできないが、(そもそも女性ひとり旅率が低い)アラちゃんはとても仲良くなった子のひとりだ。その彼女がわざわざアフリカにやってきてくれた。そ、くれたのだ。彼女はヨーロッパに行くか、ダハブに戻るか悩んでいたようだが、ひとりで出てきた私を心配し、飛行機で飛んできたのだ~

一日だけアディスアベバを観光したあと、南部へと出発した。アラちゃんもエジプトへ戻る日が決まっていたし、私のアフリカ滞在も約2ヶ月と決めているのでやや急ぎの旅となる。
アディスアベバのバスターミナルについて某日本人旅行者から聞いたことは、
「バスターミナルは競馬場みたい」
とのこと。はあ?って感じだが、まさにそんな感じだった。
まず朝が早い。そして本数がごくわずか。だいたい一つの行き先につき一日に一本しかない。

4時に起床。4:30には宿を出てタクシーでBT(バスターミナル)へ向かう。さすがにまだ暗く、周りはいかにも治安が悪い。アディスは東アフリカの首都の中でも安全な方で、夜遅くなり過ぎなければ危険は少ない。が、早朝は人がほとんど歩いておらず危険。タクシーで来て正解だった。
BTはまだゲートの門が開いていなく、たくさんのビニールバッグ荷物、大き目のショルダーバッグをかかえた現地人でいっぱいだ。しばらくするとゲートのオープン。と共に人が走り出す!私らも負けじと走り出す!でもどこが乗り場なのかは分からない。もちろん現地人は把握しているし、なんせ走るのも速い。私らは二手に別れ、係員に聞き聞き目的地を探す。見つかった頃にはバスの周りに人がたむろしていた。うーーん、乗れるのか?
アラちゃんはとても強い子だ。言われればちゃんと言い返すし、押す。彼女が一緒じゃなかったら私は途中で断念していたかもしれない。彼女のお陰もあり、無事バスに乗ることができた。といっても普通の席ではない。私なんかは運転手の隣のエンジンの上の背もたれなしのシートだ。道は悪いから揺れて腰が痛くなるわ、寄りかかるところがないので疲れるわ、、、。

ところで、エチオピアのバスは”ゲロバス”として有名だ。
エチオピア人は車酔いをしやすい体質らしく、タイミングとか場とか読まずにいきなり「げろ~!」っと下にいきなり吐くらしい。どうやらゲロは汚いとみなされないようなのだ(笑) エチオピアでは車内で窓を開けない。どうやら開けると悪霊が入ってくるというジンクスがあるようなのだ。窓を開けない+酔いやすい。だからこそ吐く人が多いのだろう。そんな噂をたくさん聞いていたので、荷物は必ず下でなく上にあげていていたし覚悟はしていた。だけど運がいいのかゲロを吐く人を一度も見ることはなかった。良かった良かった。

もうひとつ変なエチオピアのジンクスがある。
助手席に座っていたアラちゃんのお話だ。移動中は普通寝るだろう。アラちゃんは当たり前のごとく目を閉じ、寝る体制にいた。
乗務員「寝ちゃ駄目だ!」
アラ「なんでよー?」
乗務員「助手席の人が寝ると運転手まで寝てしまうからだ!」
アラ「はああ??」
いい迷惑である。だけど郷に従わなければならぬ。目を閉じることさえ許されなかったアラちゃんはずっと起きて現地人としゃべっていた。たぶん内ではストレスをためて・・・。

考えてみるとエチオピアの移動は本当しんどい。バスは大型バスというのは見当たらないし、乗る人数もしくは乗りたい人数がバスの定員の2倍は軽くいるのだ。要領よくない人はそもそもバスに乗れないし、(乗れないと翌日以降に再び早起きして再チャレンジだ。)乗れたとしても狭い、きつい。道が悪いので揺れるし腰が痛くなる。下手するとシートにダニがいる・・・。朝は4~5時起きでめちゃ早い。
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by mayupura | 2006-10-19 15:38 | アフリカ

チャット(恍惚薬??)でキメる!

「カート」はイエメンだけど、「チャット」はエチオピア(アフリカ)と呼ばれる。だけど、これらは同じものを指している。

エチオピアのアディスアベバ滞在も気づけば一週間。
ここではもっぱらチャット、チャット・・・。
一日おきぐらいにやっている始末。
すっかりはまっちゃったのだ。

イエメンとエチオピアでは摂取の仕方がやや異なる。
イエメンは頬にたくさん入れ、最後には吐き捨てるのに対し、エチオピアでは細かく噛んだ後に飲み込む。あとエチオピアでは味を隠すために砂糖やピーナッツを一緒に口に放り込む。
また、イエメンは外でもみんな平気でやっているけど、エチオピアでは室内でやるのがマナーらしい。

さて、なんで私がこんなにはまっているのか?笑。
これって何だか覚醒作用がある。眠れなくなる、目がパッチリ。リラックスして、人と話すのが楽しくてしょうがない。そして落ち着かない。これに音楽やシーシャやらを合わせると最高なのだ!
イエメンでは少量しか取らなかったので「まずい」としか思わなかったけど、今ではすっかりこのチャットの虜になってしまった私なのである。
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by mayupura | 2006-10-18 20:34 | アフリカ