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ザンスカール・トレッキング!!



ホースマンは21歳、美形。だからといってgood!とは言えない。そうだよね、ちょっと心配。だけど、彼はすごく働き者。常に何か仕事をしている。料理、馬の世話、そして私の世話。。料理が抜群にうまい。親戚の中でも友人の中でもそれは有名らしい。特に彼の作るモモ(餃子みたいなの)がめちゃくちゃうまい!!たぶん今まで食べたモモの中でナンバー1だろう。唯一の問題と言ったら彼の酒癖だろ。。。よくありがちだけど、得た給料は全て嗜好品に消えていく。彼はそんなにたくさんは飲まないものの、酒好き。後半は毎晩飲んでた。最初は一緒に飲むことを誘われたけど、断ってからはしつこく誘われることもなかった。もっともちゃんと「仕事」していたからいいけど。
でもすごく親切で、言えばわかってくれるので将来、いいガイドになるだろうと私は考える。若い上に私のものを自分のもののように使っているとき、私のヘッドライトの一部をなくされたときはさすがに私も怒ったけど、それを受け入れた、、、ように思える。
さすがにテントで毎夜隣あわせっていうのはしんどかった。隣合わせというのは寒いからなんだけど、本当は私ひとりで寝たかった。いや、でも、それ以上に底冷えが一番つらかったかもなー。※寝袋とダウンジャケット、数枚の布やブランケットで充分だけど、早朝だけがとてもつらい。

景色はさいこう!
ラダックではストックカングリへトレッキングをしたけど、それとはまた違う良さ。
このルートの大部分は道路ができていないので、とても静かだし空気もきれい。
ホースマンとはほとんど離れて歩いていたので、自然ひとり占め!
トレッキングは瞑想だ。夜も満月の元、瞑想。
瞑想しているか、歩いているか、食べているか、寝ているか、どれか。とても贅沢。
言葉ではうまく表現できないので、写真を見てね。

・・・話はザンスカールに遡る。
涙を流しながらレーを去り、カルギル(レーより西、カシミールとの中間地点)に辿り着いた。
パキスタン人みたいな人ばっかだし、田舎だから目線がとても痛い。宿は質の割りに値段が高いし、居心地がいいとは決して言えない町。早く出たいがバスがない、ジープの値段を聞いていれば地元民が20人ぐらい集まってきてこれまた苦笑い。
2日目。小さい方のバスターミナルへ行くと偶然の再会!感激!
日本人のカップルでトルコでしばらく一緒に過ごした仲間だった。一緒にエクリプスのパーティーに行った、同じテント集団で一緒にご飯を共にした。さらに彼らの友達とはインドで会ってる。そしてさらにその前は日本のパーティーで仲間だった。すっごい偶然、こんな片田舎(まともにツーリストがいない)で。バスはない、失恋で心がボコボコって時の再会だけに本気で嬉しかった。笑

カルギルからちょっと下の町までバスに乗る。本当はレーからパドゥムまでダイレクトバスがあるのだけど、知らなかった私はその人気ある?バスに乗ることができなかった。
そこからはバスがないので、バスの運転手が交渉してくれたトラックに乗ることにした。全員男だけど4人いるし、昼間だし大丈夫だろうと考えた。
正解!昼ごはんは食べさせてくれるし(笑)、高い車体から見る景色はさいこう!(もしかしたらトレッキング中より好きかも)写真も撮りまくり!この一帯は湿原地帯なので水気が景色をきれいに映し出す。すてき。。。


が、パドゥムまでなかなか着かない。長い。
しかも、ムスリムであるお兄ちゃんに「キス」と言われた。これは良くない。
夕方頃にランドゥムという小さな村に着いた。約束はパドゥムまでだし、そこまでのお金も払っているけど、身の安全を守るためにそこで降ろしてもらうことにした。宿もあるし、食堂も数軒ある。
標高約4000m。高地には慣れているけど、息切れする。寒い。ブランケット貸してもらえない。しかも、真夜中宿のオーナーが部屋にやってきた。
「何の用??」
「・・・」
「何??」
「ドアを開けろ」
そんな怖い、開けられるわけないだろ!私は無視し、一切ドアを開けなかった。
私の部屋の建物は私以外に誰もおらず、何かあってもおかしくない。
15分ほど頑張っていた彼もあきらめて出て行った。
翌朝、怒り爆発!彼は英語をほとんど話さないので、ごまかす。それがますます憎たらしくって涙を流しながら(※失恋あとですからね、勘弁してください。)怒りまくった。彼の子供の目の前で。一緒にポリスへ行くんだ、と言っても嫌がる。すると、部屋代を50Rs安くされた。そこで終わったが、私はもちろんお金で解決できる問題じゃないと思ったので、ポリスに行ったときに全て話した。他の人にもよくないから、是非あなたから話しといてね、と冷静にオハナシした。

その翌朝、グッドタイミングでパドゥム行きバスがやってきた。席も二人席を独り占めだし、途中の氷河で私の要望により、数分休憩をとってくれた。
氷河はとてもとてもきれいだった。真冬はどんなふうになるんだろ・・・

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by mayupura | 2007-08-25 22:23 | インド

山でのシンパシーと失恋。(恋話!)

ストックカングリで一緒だったヘル。私は彼に恋した。そして破れた。
これは旅のブログであるけど、自分自身にもこれを読んでいる皆さんにも正直でありたい。(この事は旅に大きく影響してる)だから、恥ずかしい話だけど暴露しちゃいます。

私が日本にいた三ヶ月、彼も日本にいた。彼のお兄さんが日本人女性と結婚したから。
同じ時期に似たような場所で桜を見てた。
インドに着いたのはたった数時間の差だった。
そして、同じようにダラムサラへ向かった。
私がレーで病気や観光やダラダラしている間に彼はザンスカール20日間のトレッキングをしてた。
そしてトラベルエージェンシーで初めて会った。彼が言うには、「普段は会社を通してトレッキングをすることはない。なぜか導かれるようにここにやってきた。」最初に言っておくと彼は直感がとても鋭い人だ。

私は最初、一白人としか見てなかった。ただ陽気でおもしろく、まじめな人だなぁとは思ってた。彼は私より4つ下で26歳。若いけど、旅前は会社の社長でもあり、頭もよく、歳の割りにはとっても大人びて見えた。
トレッキング中はひとつのテントに日本人のY君と3人で肩を並べて寝た。自分で言うのもなんだけど、彼は私に好意を持ってくれていて気づくといつも近くに居た。私は白人はこんなもんだろうと思っていたし、20日間のトレッキングで女ッ気ゼロのところから急に隣に女の子がいる!って喜びなんだろう、という程度に考えてた。

b0083405_22223527.jpg頂上を目指す。私はつらい、彼もつらかっただろうけど、なぜかいつも天使のような笑顔。彼はスキーカントリー?をやる人だし、山のオトコだから知識もあるし体力もある。もちろんそうだけど彼はベースキャンプで軽い高山病になってた。たぶん精神的に強いんだろう。その笑顔に尊敬した。
4日目。前の日記に感動したと書いたが、その涙のあと、彼とのシンパシー(みたいなもの)を感じあった。
「本当にきれい」
「美しいー」
感じあったタイミングが一緒だった。お互い笑顔の写真を撮りあった。
私が持っていたMP3で一緒に音楽を楽しんで更に感動を深めた。
本当に妙なんだけど、彼とのこの共感、共振、バイブレーションが完全に一部合体した。
たぶんこの時に私は恋しちゃった。
それからも私は妙で、この気持ちを打ち消そうと地面を強く蹴ったりしてた。
身体は軽く、楽しく、景色は最高にきれいだった。

テントの中でいろんな話をした。
OSHO、瞑想、ヨガから精神世界、夢について。いろいろ。
もちろん違いはあるけど同じようなこと考えてたり、学べる部分を発見したりした。
4つ下だけど4つ上のような気もする不思議なヘルだった。
彼は鼻が妙にいい。私の後ろを歩いていると私の匂いが気になってしょうがないという。私自身「自分の匂い」を知っているけど、彼はそれに好印象を持ってくれていたようで、嬉しい。

レーに戻ると、3人で少しのお酒でディナーを共にした。
また再び深い話をしたり、ふざけあったり、すごくすごく楽しい食事。
その後、カフェに入り、Y君がいない隙に告白(なのかなぁ)をしてくれた。もっと一緒にいたいと。それから私の宿まで送ってくれてまたいろんな話をした。私も自分の好意を伝えた。まだよく分からないけど、私ももっと一緒にいたいと。
ダラムサラでビパッサナの予約をしていたけど、明日彼はラダックのビパッサナへ行くので私は彼に合わせることにした。私がダラムサラで受けるとなると彼とはもう会えない。そして私には時間がある。彼は1ヶ月もしないうちに帰国が決まってる。合わせることには抵抗があったけど、彼とそういう関係になった以上はもう何も考えられなかった。

翌朝、3人で朝食を食べたあとビパッサナの準備をし始めた。トレッキング翌日の本当忙しいスケジュールだ。その合間にふたりで散歩した。すごく幸せ。突然やってきた恋にふたりともビックリなのか、手を繋いで歩いているだけでも過呼吸。ヨーロピアンだけに情熱的だから私も照れてしまう。

そしてビパッサナ。ビパッサナはもちろん喋ってはいけない。人に触れてもいけない。その上、男女別々になる。ご飯も別、壁がある。瞑想するホールでは通路を境に男女分かれるが、暗いので姿はよく見えない。恋に瞑想。両立できるかなぁと不安がよぎる。
ビパッサナ行きを口説かれた時(笑)、彼は言ってた。「瞑想は生活の上にある。だから大丈夫。今ひとりで瞑想に行ったら、逆に君が気になってしょうがない。ふたりで行った方が瞑想が深められる気がする」と。

今考えるととても嬉しく、悲しい恋愛話。
壁があり、距離があっても見つめあった。(本当は禁止)
ホールまでの道(男女別々)を同じペースで歩いた。
夜の講義(先生の話をテープで聴く)の時、顔はよく見えないもののお互いを意識し、見つめあった。
そんなちゃらちゃらとやっている中でもお互い瞑想に入っていってた。そう思う。
ホールでの瞑想の時はさほど彼のことを考えていたわけでもないし、時には彼との距離さえ感じていたりもした。

ビパッサナが終わるとなんか急に変わった。お互いに。
たぶん瞑想によって浮わついたような恋心が下火になったんだろう。
だけど一緒の車に乗り、夜のビパッサナメンバーでの食事会でも隣で、そして宿も一緒。

彼と3日間だけ同じ宿に泊まった。だけど、そのうち2日間は一人の方がマシなぐらい悲しい日々だった。
彼はトレッキングの時に言ってた。haveなのかhadなのか聞き取れなかったけど、彼には2年半会っていない彼女がいる。それは理解してた。でも2年半なんて長すぎるし、彼も彼女とうまくいっていないような話をしていたし、すっかりそんなことを忘れてた。
2日目の夜に言われた。「俺は浮気をしてしまった」と。
自分に嘘つきたくないし、例え彼女に他の彼氏がいようとも(彼女は長期的にロシアの山にいる、ずっとメールさえしていない。)俺は俺でいると。かと言って「忘れられないの?」と聞くと、彼は答えられない。

私は「ふられた!」という思いからどうしようもなく気持ちを正直に話すことができなかった。もう彼には温かいまなざしなど向けることができなかったし、どちらかというと離れていく方向にいた。でも少しはそこにとどまった。もっと彼といようと、話をしようと試みた。
最後の夜は彼にレイキをした。彼はとても気に入ってくれて、それが影響してか、二人の間の溝がいくらか和らいだ。翌日は一日中一緒に町を散策し、仲のいい友達のようになれた。
そして、それから彼は他の瞑想センターへ行ってしまった。
私は彼と過ごした直後にマナリーに帰ってしまおうと思ったけど、とどまり、数日過ごしたあとまた彼と一瞬再会した。でも私は忙しく、どうしたらいいか分からず、最後のあいさつも??なまま彼との最後を終わらせた。

どうしても気分をリフレッシュしたかった。だから前に予定していたザンスカールトレッキングを思い立った。山に癒されよう、浄化しようと思った。
私の選択は間違えていなかった。山を歩く事で少なからず彼を忘れられた。リフレッシュできた。でもそんな簡単には気持ちは消えない。そうですよね?彼の急激な変化に不満を感じ、不信を感じ、そして自分は自分の気持ちを完全に伝え切れなかった不完全燃焼に不満を感じる。でも彼はできることはしてくれた。そう思う。なるべく私といるようにしてくれたし、やさしくしてもくれた。でもそこには恋愛の意識は無かったけど。。。

何人かの友達のあたたかい助言をいただいた。
平和ににっこりいるしかない。
次の人に出会うための別れ。
新しい導きのための別れ。
ありがとう。
今思うのは、失恋はこれから私の人への優しさに変わる。よく歌われているよね、傷ついた分、やさしくなれる、って。
無理矢理忘れることはしない。彼を否定しない。受け入れる。そう誓った。
そしてその反面、しがみつかず、明るくいると心がける。
恋人としてはうまくいかなかったけど、友人として、大切な人(異性とか関係なく)として彼の幸せを祈ろうと。彼はとてもナイーブで、まだ女性に対する接し方がよく分かっていない。あたたかく見守ろうと思う。

これに対するご意見、感想、励ましの声をお待ちしてます!
ちなみにコレ、今年二度目の失恋でござります・・・。
やっぱり今回はひとり旅なんですねぇ!意味アルんですよねぇぇ。
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by mayupura | 2007-08-15 19:39 | インド

瞑想中毒。

ダラムサラで2ヶ月も先の瞑想コースを予約していたにもかかわらず、それを打ちけってラダックはラマユル近くのヴィパッサナコースへ突然!行く事にした。(理由は次のブログを参考。)トレッキングから帰ってきた次の日がスタート日。。

ヘルと急いで荷造りをし、タクシーに乗り込む。
シェアのお相手はインド人夫婦。彼らは二度目のビパッサナで私と同様昨日、今日に突然決めたらしい。すごーくおしゃべりで、ふたりとも重ね重ねトーキング。そりゃぁ、あなたたちビパッサナでサイレンスしなきゃぁ、って具合に激しい。何言っているかよく分からないけど、見ているだけで楽しい。
・・・・
このふたりはビパッサナ後、確かに静かになってた。しゃべり方も落ち着いているし、二人が重ねあって喋ることはなかった。あっぱれ、ビパッサナ。

私、一度目でここでビパッサナを経験したら、他はどこでもできる気がした。すごく田舎で、施設も良いとは言い難い。トイレは人数の割には2つしかないし、水は山から流れてくる水で、シャワーはお湯をもらって使う。でもご飯は質素だけど味付けがうまくておいしい。サーバー(いろいろ世話してくれる人)も親切でいい。

瞑想、瞑想、瞑想。
朝は4時に起床。4時半に朝の2時間の瞑想。朝食、瞑想、ランチ、瞑想、お菓子タイム、瞑想、9時には消灯。とにかく瞑想しているか、ご飯食べているか、ちょっと外でボーっとしているか、寝ているかのどれかなのだ。瞑想の時間を計算してみると12時間!半日は瞑想しているのだ。
最初(特に一日目)は本当につらかった。1時間の瞑想がとてつもなく長く感じるし、足や腰が痛い。2,3日目になるとなんとなく生活に慣れてきて調子いいけど、4,5日目になると再び身体の悲痛の声を聞く。9日目はとても背中が痛かった。眠る時も痛い。だけど10日になると嘘のように痛みは消えた。

ビパッサナの話はいろんな人から聞いていた。精神状態によっては発狂したり、パニックになったりする人もいる。過去の痛みを思い出して泣く人もいる。
私は前半パニックにこそはならなかったけど、やっぱり泣いた。過去の痛み、そして恋人との別れ、幼い頃から学生時代、一人暮らし時代、いろんな過去を思い出し、出会ったいろんな人の顔や言動をフラッシュバックのように思い出した。
涙は悲しみだけじゃない。忘れていた感謝や喜びを思い出した。みんなそれぞれに意味があり、流れがあったことを思い出す。いつも日常のことにとらわれて見えなかった、忘れていた事を静寂の中から探し出すのだ。
そして、最初に言っておくけど私は世間や社会のことにどちらかというと無関心な方だけど、不思議なことにこの時だけは戦争と平和についてしみじみ考え、涙した。宗教とは?といろいろ考えているうちに宗教は戦争に繋がっている(全部が全部じゃないけど)ことをしみじみ実感したのだ。宗教とは愛から生まれるものなのになぜ戦争に繋がるのか?そんなことを考えると悲しみいっぱいになった。

私はこの瞑想で余計なものを期待していたようだ。
すごく大きな導きや声、大きな内なる変化。そういうものを願ってた。だけど、そんなものは大きく急激にやってくることはなかった。人はゆっくり変わってく、導かれていく。突然起きる人も中にはいるけど、私は違うのだ。ビパッサナ瞑想10日間は練習であり、続けることに意味があった。
でももちろん得たものがある。静寂という意味、内なる動き、身体と精神の繋がり、五感の刺激。深めれば深めるほど楽しくなっていくに違いない。

b0083405_21544533.jpgサイレンス終了。。
自分の声が変なところから聞こえる気がするし、しゃべっていてもどもる。
それに比べ、白人たちはいきなり陽気に喋り始めてる。さすが、文化の違いだね。
日本人は女性のMさんひとり。(男性でカナダ人とのハーフの人もいた。)
彼女といろんな話をした。すごく共通点が多く気が合う。しかもダラムサラのレイキ教室が同じだったし、私は先生から彼女の話を聞いていた。トルコの日食パーティーにもいた。偶然は必然なのか。

すごい貴重な体験。。。。
自分の中で無駄話やだらけは多かったけど、すごく学ぶ事がある。
苦痛。確かにそうだけど、この快感を得てしまったら癖になる。タイでもまた行こうかなって思ってる。Mさんも2度目だけど、すぐに3、4度目に挑戦すると言っている。本当に、
瞑想中毒??

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by mayupura | 2007-08-12 19:04 | インド