トルコを出るー

思ったより、戸籍謄本が届くのが早かったため、明日(5/2)にはブルガリアへ入れる!受取は5/11ごろにイスタンブールに戻るので、10日間ほどブルガリアを回ってみようと思う。ああ、久しぶりの出国(笑)。



アンタルヤで見た日食。
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# by mayupura | 2006-05-02 22:15 | 中東

イスタンブール情報

●パスポートの更新

イスタンブールの領事館にて1週間待ちで発給。詳細は以下の通り。

1、自宅より戸籍謄本(戸籍抄本でも可)を送ってもらう。クロネコヤマトもしくはセブンイレブンにて国際便(UPS)で出せば、土日をはさんでも3~4日で届く。私は泊まっていたホテル(Tree Of Life)に届けてもらった。
2、領事館に出向き、申請。持参するものは戸籍謄本、古いパスポート、既定サイズの写真1枚。渡される書類に記入するだけ。実家以外の緊急連絡先(住所と電話番号)が必要なので注意。
3、1週間後に受取。(月曜申請なら月曜受取)受取の時にお金は払う。5年用は134リラ、10年用は195リラ。
※現在、世界的にICチップのパスポートに変わった。(アメリカ入国の際に必要となる。)よって、古い型のパスポートは作れなくなった。
※通常は申請の際にパスポートは預けるが、私は申請中にブルガリアへ行く予定があったので、預けなくても良くなった。受取の際に渡せばOKとのこと。
※おまけ。領事館へはバスー地下鉄で行くが、帰りはバス(アクサライ行き)に乗ればアクサライ駅付近まで連れてってもらえる。少しの節約♪
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# by mayupura | 2006-05-01 21:58 | 中東

イスタンブールでの怠惰な日々

パスポートの更新待ち。
旅に出てから1年半も経った。そして、初めての海外旅行に出てから10年経った。青い5年パスポートは3度目の更新をしなければならない。

海外でする更新には戸籍謄本が必要となる。親に国際電話をし、必要書類を送ってもらえるように頼む。また、さらには海外保険も切れるころなので、その更新をも頼む。かなり面倒臭い。案の定、親には早く帰って来いとは言われるし。
そう、そうなのだ。一度日本に帰れば楽なのに・・・。

それらの更新作業以外に、タカと別れる(リセット)として一時帰国も悪くない。イスタンブールという旅の拠点にいるのも良い理由だ。(飛行機は往復で10万円しないぐらい)
でも、決心が鈍るのだ。
そう、一度帰って旅のテンションを下げるのが嫌なのだ。
また、アジア横断しかしていない身で帰るのも怖い。ヨーロッパ、中東、アフリカ、南米。行きたい場所はまだまだたくさんあるのに、アジアだけで帰るのは後々の旅が厳しくなるので嫌なのだ。せめてヨーロッパぐらい回ってから帰りたい。

宿は日本人宿「Tree Of Life」。
マンガや小説、そして嬉しいことに地球の歩き方など暇つぶしになるものが大量に揃っている。情報ノートにゲーム、そして夜のシェア飯!夜飯は作りたい人が、泊まっている人分の料理を作る。中にはイタリアンシェフなどもいて、普通では食べれないような絶妙な味の料理を作ってくれる。200円弱で食べれてしまうのがスバラシイ。
宿泊客はほぼ日本人なので気楽に過ごせるのもありがたい。ここまで来て集まる必要はないかのようにも感じられるけど、日本食に日本語で過ごす沈没の日々は捨てがたい魅力があるのだ!

いちお、観光はした。
トプカプ宮殿にブルーモスク。どれも素晴らしいものなのかもしれないけど、私はどうしてもイランと比べてしまう。さすがに古代ペルシャ文化にはかなわない。壁の模様の複雑さはイランの方がずっとずっと上だし、トルコのそれは威厳が足りていないかのように感じられる。
特にトプカプはトルコ人や日本人の団体ツアー客がたぁくさんいて、これまた窮屈だった。まるで日本で日曜日の美術館に来てしまったかのようなノリなのだ。

話は戻って、戸籍謄本が届き次第ブルガリアのソフィアを目指す。ここでパスポートの更新をする予定だ。それが終わり次第、イスタンブールに戻ってくる。ああ、早く面倒な作業を終えたいな。
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# by mayupura | 2006-05-01 05:16 | 中東

はじめに

まずは訳の分からぬ人生、私の経歴を・・・。
1976年10月茨城県、次女として生まれる。小学校卒業当時の夢は「海外に住むこと」だった。

(なぜか)ジャーナリスト専門学校を卒業の後、東京の中野に上京。広告代理店の版下制作部に携わる。1年経たぬうちに社会の中で生きていくことに疑問を感じ始め、フリーターとなりお金の亡者となる。アメリカに行くことに憧れ、ついには1カ月(って短いな~。でも一人暮らしの中での旅って大変なんだ~。)の短期留学に出た。結局日本人と群れてクラブに遊びに行くばかりに終わった。その後、ハワイやロス、ラスベガスを友達と共に遊びに行く。ネバダ州ではずっとアコガレてた女友達との長期戦ドライブに出掛ける。
アメリカ帰国後はフランス、バリ島へ渡航する。それから私のバリ島好き好き病が始まる・・・。

その後、再び人生とは何か?と模索時代に入り、何に対しても悩み始める。そんな時、Yさんという女性に出会い、「いかに中身のあるのいいオンナになれるか?」を教示される。この女性の影響は今でも残っていると思われる。また、Yさんの師匠との出会いも大きかった。彼は整体師であり空手家でもあり霊媒師でもあり人生の相談者でもあった。いろいろなコトを教え受けたけど恋愛感情のもつれから次第に関係は薄れていく・・・。

次に目指したのはレストラン業。トータルで1年半働きまくる。正社員としてお台場のピーク時代にクソ忙しい日々を送り、次の渋谷店舗でも同様昼夜関係なく働きまくる。(渋谷店舗はすっごく良いメンバーに囲まれ楽しかった。)その後、忙しい生活と一人暮らしにピリオドをうち、実家に戻る決意をする。(なに、実家が新築したため単に戻りたくなった。)実家に戻ってもバイトでウェイトレス&調理補助として働く。将来の夢は(今でも)レストラン経営なのだけど、何せカネがなくちゃ始まらぬ。WEBクリエーターの専門学校短期コースを受講し、デジタル時代が始まる。それからは派遣会社の元でパソコン・オペレーターとして働き始める。

その頃、タカと出会う。(私24歳、タカ27歳)出会いは携帯版掲示板、「旅系フレンド」だった。お互い好きな東南アジアの話から人生や精神世界まで及んだ。斬新で衝撃的な意見を持つ彼に興味を持ち始め、実際に会う。4日後ぐらいにはもう付き合い始め、半年後には東京は蒲田でふたり暮らしが始まった。
私は派遣社員から契約社員にパワーアップ、タカは大学卒業後から野村総研で働いていた。一緒に暮らし始めてからタカのパーティー好き病が移り、金、土曜はクラブ、日曜は代々木公園という実にストレンジな生活に入る。お金はプラマイ0!

その後、本気で旅に出ようということになり節約生活に入る。2年いた蒲田から千葉の浦安へ引っ越し。皮肉にも、狭いアパートで節約生活は実は私達の一番仲の良い時代だった。
3年で300万円貯めた。こんなに貯金が貯まったのもこんなに長く働いたのも初めてだった・・・。よ~し、世界一周!という気分だった。(2004年11月)

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旅に出て1年半後、紆余曲折の末にタカとの別れを決意。独り旅が始まる。(2006年5月)。世界を回ろうとしていることは前と変わらないけど、半年後には帰国する予定。

アジア旅、タカと共に・・・(旅前半の日記などはこちら。)
世界ぷらぷら
http://www.sekai-purapura.com/
上記サイト、このBLOGについてのお問い合わせ(WEB製作)については
ma_yu_@hotmail.com
まで。
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# by MAYUPURA | 2006-04-20 23:22 | 旅で思ふ。